“過程”が人を変えていくって話。

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いやぁ、連休っていいですね(笑)

今回のゴールデンウィークは明日と6日の金曜日がポツンポツンと平日です。まぁ10連休ももちろん魅力的ですが、今回くらいの方が仕事の感覚もなまらなくていいかもしれません。…(とかなりポジティブに考えてみる)

さて、事の発端は約1ヶ月前。

妻は私がお腹周りの緩みを気にしている姿を見て、こう言いました。

「ゆるゆるになってきたねぇ。笑」と。

私は2年前の2020年4月から、週に4回から5回のペースで筋トレをするようにしています。目的は筋肉量をアップして基礎代謝を増やすことと、もちろん見た目がだらしなくならないようにするためです。

そんな私にとって、妻が何気なく発したこの「ゆるゆるになってきたねぇ。笑」の発言は、私の心を撃ち抜いたと共に、怒りを呼び起こしました(笑)

そして私は「何も努力してないヤツにはわからんだろうな。」と言い放ちました(笑)

今思えば「私も小さいな…」と自分の器の小ささを悔やみもします…(笑)

それはさて置き、私の言葉もなかなかの破壊力があったのか、それから数日後、妻が家でヨガを始めました。(笑)

以前も気まぐれ的な感じでやってはいましたが、今回は『21日プログラム』という構成のYouTubeを見て、毎日毎日寝る前に実践しているようでした。

1週間が経ち、10日が経ち…私は妻の姿に刺激を受け始めました。そして私も一緒にヨガに取り組む日すら出てきました。

そして妻はヨガが終わると「はぁー!お疲れさまぁ!」と爽やかに私に声をかけてくれます。私は、妻の中で何かが変わりかけているのではないかとか感じ始めました。

私が妻を変えたなんて言うつもりはもちろん無いけど、きっかけの一つとして、あの時のちょっとしたやり取りが、妻に火をつけた可能性もあります。

そして21日プログラムが終わりに近付いた数日前、私は妻に「凄いねぇ、めっちゃ継続力発揮してるね。」と正直に言うと、妻は「うん、私も自分にビックリしてるー」と、どこか誇らしげな表情でした。

そしてそれに加えて「あなたもせっせとトレーニングしてるからねぇ。」と続けました。

数週間前とは比較にならない程、互いを尊重するやり取り…(笑)

でも結局それが全てなんだと思います。何も努力していない人は、しばしば努力している人を揶揄したり小馬鹿にしたり、相手が傷付くような言動や行動を取ったりします。

それは「自分を抜かれたくない」「自分を超えられたくない」という自己防衛心に他なりません。それでも同じような努力は出来る自信がないから、自分への劣等感を紛らわせるためにも、その人の努力が大した効果も持たない事を全力でアピールします。

でも残念ながら、そのアピールは努力している人に更なる火をつける事はあっても、心を折ることは出来ません。なぜなら努力している人のベクトルは、常に自分に向けられているからです。

それがどんなに小さな一歩だとしても、ほんの少しでも前に進めた自分を讃えて、また次の日もほんの少し前に進む。そんな営みを繰り返しています。

恐らく自分に矢印を向けることから逃げ、他人にばかり指をさしている人には分からない境地なんだと思います。

逆に努力している人は、他人の努力を絶対にバカにしません。それがどんなに小さい事でも、無駄に思えるような事だとしても。

なぜなら、どんな事だとしても、何かひとつの事を継続するには相当な熱量の『思い』と『忍耐力』が必要な事を知っているからです。

パッと一瞬燃え上がる炎じゃなくて、小さくて消えそうでも、決して消えずに絶えず燃えている炎を創り出すことが、どれほど大変で尊い事かを知っているからです。

私は元々、『継続力』には自信がありませんでした。しかもこの数年前まで。

それまではすぐにやった分だけの結果を欲しがって、それが得られないものは無駄な事。意味の無い事。として、自分が結果を出せない弱い奴だと思いたくなくて、小さな事を積み重ねる事から逃げていました。

でもある人との出会いで、結果というのが如何に一時的なものであって本質的なものではないのかという事に気付けた気がします。

「過程が大切」とはよく言われますが、それまでの私は「そんな事言いながら、結局は結果なんでしょ。」と思っていました。

結果があると他人から評価されて気持ちいいです。でも見られてるのは結果を出した自分であって自分自身の本質ではありません。確かに結果が出た時は華やかだけど、結果が出なかった時の恐怖心が常に付きまといます。

でも過程の全ては自分のみが知っています。時には甘えたり、時には奮い立たせたりしながら、酸いも甘いも一つ一つ積み重ねて、どんどん大きくなっていきます。

大きなトロフィーは落とせば割れるけど、積み上げてきた過程は落としても絶対に壊れません。むしろ壊し方は分かりません。というか多分壊れないんだと思います。

過程は結果のように華やかではありません。決して目立ちません。でも確実に自分の中にあって、自分を支えています。どっしりと重心を落として自分の事を守ってくれています。

『自信』って、こうした『過程』の積み重ねでしかなくて、それがヨガでも、筋トレでも、学習でも、挨拶でも、ゴミ拾いでも…手段は山ほどあって、そんな大それた事をする必要なんてなくて、自分が出来る範囲の事をすこーしずつ積んでいくだけなんですね。

数週間前と違って、数日前に私が妻の頑張りを称えた事、妻が私を称えた事。それらは互いのほんの少しばかりの『過程の積み重ね』が『自信』となり、それが『言葉』となったのかもしれないな…

なんて勝手に思って嬉しくなりました。

そんな今日は21日プログラム最後の日。これからも互いの積み重ねを大切に、お互い刺激し合って高め合っていきたいものです。

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